アボリジニ文学
アボリジニは、伝統的には文字をもたない人々であったために、文学といえばかつての口承の文学と、現在の英語でかかれた文学の2通りに分けて扱われます。
白人が入植する以前には、彼らの生活の中心であった旅の話や、昔話、ある集団だけに伝えられている儀式や伝説などは、口承によって伝えられました。
もちろんこの文化は現在でも残っていますが、こうしたものが20世紀の半ばあたりから次第にアボリジニ言語を理解するヨーロッパ人によって英語に翻訳されました。
こうして、アボリジニ以外のオーストラリア人の間にも、彼らの神話や伝説が知られるようになったのです。
一方、英語でかかれたアボリジニ文学の始まりは、1920年代に遡ります。
デビッド・ユーナイポンはアボリジニ文学の父といわれる人です。
『オーストラリアのアボリジニ伝説』と称する冊子を1929年に出版しています。
しかし、それからしばらくはあまり目立った作品は世に出ていません。
60年代半ばになって、アボリジニの市民権獲得引導が盛んになり、その時の指導的役割を果たしたキャス・ウォーカー(後にアボリジニ名ウジュルー・ヌナクルを使用)が1964年に『我らは行く』を書いて、脚光を浴びました。
彼女の作品は、白人がアボリジニの生活や文化や、彼らの生活を支えている自然を破壊していることに抗議するものです。
コリン・ジョンスン(マド・レー・レー・ナロジン)の『山猫が落ちる』(1965年)は、アボリジニ最初の小説であり、白人に迫害された彼らの生活を描いています。