多文化社会と共和制運動
オーストラリアの人口は、1995年度に1800万人を越えましたが、そのうちの4分の1弱は外国生まれの移民・難民であり、世界中から移住者が来住しています。
故に、オーストラリア国民のうちで、その海外出生者に加え、両親ないしはいずれか一方が海外出生者という国民の割合は5人に2人と推定されています。
第2次世界大戦直後の人口は約760万人なので、約50年で1000万人程増加したことになります。
その半数が移住者によって賄われ、その半分はヨーロッパ系中心の非英語系移住者であり、出身国は多岐にわたることから、国民の7人に1人が非英語系言語を母語としていると考えられている多文化社会です。
このことは日本でもかなり理解されはじめ、多文化主義を論じる際、カナダや米国に加えオーストラリアへの言及が多くなっています。
10年前の年間移住者は、80年代中ごろの10万人を越える数から大幅に減少し、90年代は6~8万人前後を上下していました。
その約50%はアジア系です。
アジア系人口は、全人口の4~5%と考えられています。
依然としてキリスト教社会ではありますが、イスラム教徒や仏教徒も急増しています。
1947年、全人口中キリスト教徒は0.5%から2.6%に増加しています。
(統計では無宗教・無回答が増加し、20%近くに達していることが注目されます)
また、先住民族アボリジニも近年増加中です。
19世紀には滅びゆく人々と規定されていたため、白人オーストラリア人入植当時30万人と見積もられた人口は10万人以下にまで減少し、20世紀初頭に人口は最低となりましたが、現在では全人口の1.5%強を占めるまでに回復しています。